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天寿 [祈り]

 

 


 強い風が吹き続いている。


 わが家の屋上ベランダのラティスも
 この強風で完全に破壊させてしまった。

 

 この一週間は、長いようで短い、短いようで長い、
 そして一生忘れることができない一週間となった。

 

 先週の日曜日の午前10時過ぎ、一本の携帯電話連絡から
 この長い一週間が始まった。

 それは風呂の中で既に息を引き取っている父の姿を
 発見した妻の悲痛な叫び声だった。


 父はお寺の住職。

 2年ほど前に連れ合いの母は他界し、その後は房総半島の
 とあるお寺で、ひとり暮らしの生活を余儀なくされる。

 母が他界してから、父は体調を大きく崩し、みるみる衰弱した。

 妻が月に2~3回のペースで、一人暮らしの父の食料を調達する。
 いわゆる千葉と埼玉を行き来する遠距離介護の生活がはじまった。

 そして、ついひとつきほど前に、母の三回忌の法要を無事済ませ、
 そろそろお寺の住職を引退して、お寺を別の住職にお願いし、
 私たち埼玉の自宅に呼び寄せようと、秘かに根回しをしている
 ところにだった。


 その日(17日)は、近所の法事に出かける予定で、その付き添いに
 妻が埼玉の自宅から千葉の実家に朝一番で向かった日であった。

 今回で最後のお勤めにして、今後は埼玉で私たちとともに
 ゆっくりとして欲しいと私も妻も思い、その説得をすることも
 今回の千葉行きの目的に含まれていた。

 

 風呂場での死亡ということで、警察も入り死因の確認や調査も
 実施された。

 結果的には、脳に異常はなく、溺死でもないことから、ほとんど
 自然死に近い形の心臓発作だろうという診断であった。

 その死に顔は、やすからそのものであった。

 死亡推定時刻は、前日(2月16日)の午後8時頃。
 妻との電話連絡をしたすぐ後のことだった。

 実は、その前日に近所の檀家の人が同じように風呂場で
 急逝しており、気をつけようねと声をかけた直後の出来事だった。


 享年83歳。


 その大半の人生をこのお寺で送った人生は、まさに医者いらずの
 頑固一徹の人生であった。


 マムシに噛まれても、スズメバチに刺されても、
 ツツガムシに刺されても、決して病院の世話にならなかった。

 「痛い」とか「辛い」とかいう言葉も決して発しない。

 最期の最期まで、自らの生き筋を貫き通した本物の和尚であった。


 16日の晩も、明日は法事があるからと、久しぶりに
 風呂に入り、ひげを剃ろうとしていたようだ。
 風呂の中に剃刀が落ちていた。

 風呂に入って、そのままお迎えが来てしまった。


 きっと、埼玉に無理やり連れて来られるのが、嫌だったのだろう。
 そして、最期までこのお寺を離れたくなかったのだと思う。

 


 天寿を全うした和尚の生きざまは、
 人生の師として私の心に深く刻み込まれている。

 天寿を全うするということは、まさにこのことだろう。
 命が絶えても、人の心の中で永遠に受け継がれていくのだ。

 

 葬儀は21から22日にかけて営まれたが、実に穏やかな
 日和であった。
 

 そして、お骨は納骨まで、お寺からお預かりして
 わが家の埼玉に安置することにした。

 


 それから、この嵐が吹き続いている・・・


 妻の解釈によれば、
 亡き母があの世での父と再会に狂喜乱舞し、騒いでいるのだろう
 とのことである。


 強風に煽られて、壊れたベランダの復旧もある。

 そして、この2年間でねずみの巣と化してしまった
 お寺とその離れの後片付けが山積みである。


 ひとつひとつ片付けていくことにしよう。

 

 師として仰ぐ和尚の生きざまに触れ、
 酒を酌み交わせたことに感謝したい。


 わが心のなかの「自然体」をもう一度再確認する作業が
 しばらく続くことになりそうである。

 

 

 

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 <和尚のひとりごと>
   ★★★ 喪中 ★★★

 <キーワード>
   ・本物の自然体
   ・我慢の人生
   ・合掌
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